こんにちは!あやです!
前回のブログも見に来てくださったかた、ありがとうございます!
石垣だけですでに大興奮だったのですが、引き続き鶴ヶ城の中を探索です~!
ではでは、鶴ヶ城の後編~
鶴ヶ城(続き)


東北の要として重要だった会津は6つの領主が納めてきた場所らしい。
めっちゃ目立つ兜だな~ドロンジョ様みたい。

気になっていたのはやはり戊辰戦争と白虎隊の展示。
白虎隊の話はこちらから先に読んでほしい!!⇩
戊辰戦争は、江戸幕府から明治政府へ移るときに起きた、
「天皇を中心にした新政府をつくろうとする勢力」と「徳川幕府や旧幕府側の勢力」の戦争です。
会津は徳川幕府を支えた側です。
年表にある通り、最初は京都の鳥羽伏見での戦いから始まり

8月23日に会津戦争が開始。ここから1カ月の戦が始まります。


驚きなのは白虎隊が自刃したのは初日の8月23日だったこと!!
初日だったんですね・・・


1カ月の籠城戦ののち、最後は白旗。(この籠城戦で塩蔵が役だったんですね・・・)

有名なのは白虎隊ですが、年齢ごとに朱雀、青龍、玄武隊があり、
戦闘の主力は朱雀、青龍だったようです。
(くっ・・・私は青龍か・・・アラフォーだもんな・・・)
ちょっと前まで朱雀だったのにな( ^ω^)
白虎隊は本来は戦闘に加わる年齢ではなかったようですが、戦況の悪化により実戦に巻き込まれていったそう。
白虎隊の中でもさらに足軽一番隊、足軽二番隊・・・といったように隊で別れ、
飯盛山の悲劇となったのは士中二番隊のさらにその中の一部の20人です。
白虎隊全員に起きた悲劇ではなく、白虎隊のなかの一部に起きたことだったんだ。

なんで自刃を選んだのか・・・謎だったけど・・・
本来は隊長がいて、指揮系統があったはずのところはぐれて孤立してしまったんですね。
経験したことのない凄まじい戦争
敗走、睡眠不足と疲れ切った少年たち
飯盛山で見た鶴ヶ城の落城(勘違いだった・・・)
指揮してくれる大人はいない
城に戻って戦うか、敵に特攻するか話し合ったのち、
自分たちが敵に捕まれば捕虜となり味方の不利になるかもしれない。自決しよう。
と意見が合ったといいます。
戦争の混乱・情報不足・武士道的価値観が重なって、自決の判断になったんですね。
はぐれなければ、大人がいれば・・・何か1つ違えば、
違った結果になったのかもしれないなぁと思いました。。。
鶴ヶ城からの景色


鶴ヶ城から見える山の景色がとても綺麗で、天気も良くて気持ちいい。

こういう城の造りなんかも、興味をもって知ったら面白いのかも。
今日は石垣でおなかいっぱいだけど( ^ω^)

たぶんこっちが飯盛山方面なんだけど、鶴ヶ城のほうからは普通に山が見えるな。

100円入れたら使える望遠鏡が置いてあったんだけど、
飯盛山方面は家族連れが使ってて残念ながら見れずでした。
茶室麟閣へ

下まで降りたら今度は茶室麟閣へ。鶴ヶ城への入場券でそちらも入れるんです。

麟閣は千利休の息子・千少庵が建てたとされる歴史ある茶室です。

お庭になっていて中を歩いてまわれます!
そんでもって+600円でお抹茶とお菓子を楽しめるのです( *´艸`)


小さなおうちでお茶を楽しむに特化した空間なんですねぇ。

にじり口って小さい入り口がある。
ちっさ・・・と思ったけど、
あえて人がそのまま立って入れない高さにしているんだって。
・茶室では、身分の高い人でも低い姿勢で入るので、みんな平等という考えを表す
・刀を差したままは入りにくいので、争いを持ち込まないという意味もある
なるほどなるほど・・・
そんな歴史ある場所を眺めながら・・・

お茶しよー!!!
やっとまともな休憩だ( ^ω^)!!
その昔中学生の頃に学校でお菓子が食べたくて茶道部に在籍してたことがあるんだけど、作法はほとんど覚えてない・・・なんとなく器をまわしただけ・・・(;'∀')
作法は気にせずどうぞって書いてあったからいいんだよ!
でももうちょっと覚えておけばなぁって少しだけ思った。
じょうよ饅頭はとても美味しかった( *´艸`)

お庭か室内か選べるけど、天気が良かったのでお庭で麟閣を眺めながらのんびり頂きましたよ~
これで鶴ヶ城をあとにして次の場所に向かいます。
続きはまた次で~
☝同じ時代の薩摩・長州の話が描いてあるんだけど、当時の情勢がわかって面白い!!
流れ的に戊辰戦争の話も描かれていきそうなので期待してる。
最新刊は薩英戦争(1863年)をやってるので、戊辰戦争(1868)までもう少しかなぁ。
会津若松⇩
他にも日帰り旅行⇩
